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2016.06.22/ 21:36(Wed)
今年の熊本は厄年なのか、地震が来たかと思えば大雨・・・

禍福はあざなえる縄のごとしといいますから、
そんなに悪いことばかりは続かないだろうと信じて、
梅雨が明けるのを地道に・・・後1ヶ月ぐらいですかねぇ(長っ)待つしかないですよね。

どうせその後に猛暑が来るのでしょうけど、
乾かないと崩壊した所の修理もできないし・・・雨降って地固まる・・・固まって欲しいです。


地震のことは今回でおしまいです。 
(また大きいのがきたらわからんけど 来ないことを願っております)

地盤が下がって、大抵の橋の付け根に段差ができました。
20160612秋津川0258
雨に備えて大きな土嚢が並べてありますが、今回の雨で一部流れたそうです。

地震で割れてしまいました↓ 小さい川ですが、以前、溢れたことがあります。
20160422益城0029
ここにも今は土嚢が並べてありますが、雨はどうだったのかな・・・

高速道路は今も修理中なので、一部、片方向1車線の対面通行で渋滞が酷いようです。
20160612益城福富高速修理

こんなになっている道もありました。
20160612俵山山麓0172

竹林も崩れるんですね・・・雨のせいではありません。 大雨では、こちらも大丈夫だったか心配です。
20160612益城0193

横井小楠(よこいしょうなん 幕末維新の思想家)の旧居『四時軒(しじけん)』も倒壊してしまいました。
20160612四時軒0249
子供の頃、その頃はまだ資料館の方は無かったのですが、父と来たことがあって
「坂本竜馬もここに来たことがあるとばぃ」と柱を撫でながら教えてもらった思い出があったのに・・・。

熊本城は、角石だけで上の櫓を支えている部分の倒壊防止の工事が始まったそうです。
20160430熊本城1

6月12日 近くの公園の横を通った時、仮設住宅ができつつあるのを見かけました。
20160612秋津仮設住宅0268
「がまだす」は「がんばる」という意味です。  「がまだせ」=「がんばれ」と、なりますです。

婆ちゃん家の納屋に今年もツバメが巣を作りました。
納屋も傾いているので、取り壊すことが決まっています。
来年からどうするのかな・・・どこかいい所が見つかるといいね・・・。
ツバメ1

婆ちゃんの家は倒壊はしていませんが、
全体が斜めに傾いて、壁は落ちてガラス戸は全部外れて
玄関部分は無くなってしまって危ない状態です。
罹災証明書は全壊だそうです。

父ちゃんはそんな危ない家に入って生活に必要な物を色々と取り出しました。

 (その前に・・・先ずは、被害の状況を写真に残しておくことが大事みたいです。)

本当はいつ大きな余震が来るかも知れないので
危ないからしちゃいけないと思うけど、
婆ちゃん達は服も布団も何も無いので取りに入らないと仕方がないのです。
タンスもベッドも出しました。

罹災証明書の被害認定調査が終わるまでは、
さっさと片付けることもできませんが、終わったので後は解体を待つばかりです。


友人から少し話を聞きましたが、
調査結果が一部損壊だと支援金は出ませんので、色々とあるようで・・・

1次審査で不服だった場合、2次審査を受けられます。
2次審査は屋内も見て判断されるそうなので、
見た目だけでは無く、ぐらぐらするとか、ぶわぶわするとか、
色々気になる所もみてもらって判断してもらえるといいのでしょうけれど
後になって気付くと遅いので、調査に来られる前に、よく調べておくのも大切かと。



今回の地震で断層の位置が分かった場所がありますよね。
これからそこは、どうされるのかな・・・。

東北の「ここより下に家を建てるな」みたいな石碑を参考に
「ここには断層があるから家を建てるな」という朽ちない警告を残して欲しいものです。

土地の価値が下がるでしょうけれど、市や町が買い取ってでも
家を建てないとか、何か手立ては無いものかと思います。

父ちゃんは、益城の場合はいっそのこと、主に畑になっている北側に居住地を移動し、
断層の周辺は畑や田んぼにしてしまえばいいとか言っていました。
その方が道も空港線の広いのが通っていて便利だから、と。

確かに、熊本市内から益城町に入った途端、道が急に狭くなるので、
結構車の流れはいつも悪いのです。

でも、そんな大規模なこと、無理だろうなぁ・・・。


何十年も経って何代も世代交代すると、
現代の人達が「熊本で地震なんて!?」と言っていたように
その頃の人達にも忘れられてしまっているかも知れないですね。

被害を回避できるのなら、繰り返さないように行政には
しっかり覚えておいて欲しいものです。


最後になりましたが・・・
復旧、復興の為に他県からも沢山の方々が来られて、手助けをして下さいました。

水道も、電気も(ガスも)、通れなかった道が開通したのも、
水が無い時に水を頂いたことも、
山のようなゴミがいつの間にか片付いていったのも。
その他にももっと諸々の沢山のことも

こんなに熊本を助けて下さっていると思うと
色々なことがありがたくて、嬉しくて、胸が熱くなり、涙が出るほどでした。
と、同時に、凄いなぁと感動もしました。

ありがとうございました。 心からお礼申し上げます。

地震の話に長々とお付き合いいただき、ありがとうございました 
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